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高校3年 小川 明日香

私がミャンマーに行くことになったのは、1月のテレビの報道で、ジャパンハートの活動を知った事がきっかけだった。
その時の吉岡先生率いるジャパンハートのスタッフ達が、ひとりのこどもの命を必死で助けようとしていた姿が、とても印象的で、感動した。
放送終了後、すぐにジャパンハートのホームページを開いてみると、学生でも現地に行って、協力できるチャンスがあるという事を知った。
自分の目で、実際に行って見てきたい、吉岡先生に会って話を聞いてみたい、と強く思い、その思いをジャパンハートの方に伝えると、快く1ヶ月間受け入れてくださるという事になった。

ミャンマーまでの道のりはとても遠く、無事にオフィスに着いた時はほっとした。

実際ミャンマーで生活をして、ミャンマー人と同じような食べ物を食べ、同じような条件で暮らしてみると、想像以上にここで生きていく事の厳しさを痛感した。
水もすごく汚いし、お風呂も川で入るし、電気もついている方が珍しくてしょっちゅう停電しているし、テレビだってある家のほうが珍しい。
肉や魚もハエが夥しいくらいたかっているものを買わなくては食べられないし、衛生的にもとても綺麗だとは言えない。

だから病院に来る患者さんを見ていて、ちょっとした怪我でも傷口からバイ菌が入って感染しやすいという状況があるのだろうと思った。
そういう衛生的な問題もあるし、お金がなくて病院になかなか来られなくて病状が悪化していくという事もあるしで、ここには日本では考えられない様な患者さんが沢山いる。

日本だったらちょっと具合が悪ければ、すぐに病院に行けるぐらいのお金は最低限あるけれど、ここの人たちはそれも難しいのかもしれない。
本当にどうしようもなくなったときに病院に来るから、すごい事になってしまうのだろう。
頭で考えていたよりも目の前にある現実は深刻だった。

そんな人たちからお金はとてもではないけど頂けないなと思った。
完全なボランティアだからこそ、お金のない人たちもみてあげられる環境がつくれるのだろう。
医療が行き届いていなくて本当に必要とされているところには、完全なボランティアで行かないとやっていけない。
そのひと達のために頑張っていれば、お金は貰えなくてもいつかお金では買えない何かが自分に返ってくるはずだから。

ここにきて、モノやお金や情報などに溢れている生活が必ずしも幸せではないのだろう、と感じた。
ミャンマーの人たちは、こんな悪条件の中でさえ「生きている」事が楽しそうだった。
水が汚くても、電気がこなくても、娯楽なんかなくても、彼らにとってはこの生活が日常で、当たり前のこと。
困ったことがあれば当たり前のように助け合える関係が彼らには築けているように感じた。

それに比べて日本には有り余るくらいのモノや、いやになるほどの情報、必要以上のお金で溢れかえっている。
それが戦後ずっと追い求めてきたはずの生活なのに、みんないつも忙しそうであまり幸せそうではないのはなぜだろう。
目の前にあるものばかり追いかけていて、当たり前にそこに存在しているものとか、目には見えないけれど本当はすごく大事なものとかが、日々の生活に追われすぎて見えなくなっているのだろう。
それが他人に対しての態度にも出てきているようでこの先の日本にちょっとした恐怖を感じる。

吉岡先生が戻ってくるまでの3週間は、患者さんが退院していくばかりだったので、患者さんが少なくなればなるほど、一人ひとりの患者さんと話す機会が増えて、しっかり目が行き届いていたし、それはそれですごく良かった。
人それぞれ、その人にあった消毒の方法とかも違って、まだまだ手探りの状態みたいだった。
当たり前だけど、それぞれ病気も違うし病状の重さも違うし、その人にあった消毒方法を考えていくのは大変な事だな、と思った。

吉岡先生が帰ってきてからの1週間はとても忙しかった。

一気に2〜3時間の難しいオペが続いた。
どこで噂を聞きつけたのか、外来の患者さんも沢山増えて、病院がひとでいっぱいになった。
吉岡先生が帰ってくるとこんなにすごいのだと、その人気に驚かされた。
吉岡先生は今まで一人ひとりの患者さんときちんと向き合ってきたから、現地の人の信頼が得られたのだと思う。
本当にそこで求められているものを、ずっとしてきたから患者さんが増え続けているのだろう。

国境なき医師団に入りたいと思っていたときもあったけれど、それは私の思っている国際医療ではないのかもしれない。
一瞬その場に行って通り過ぎただけでは、本当に困っている人たちの声は届きにくい。
現地の人と同じような生活をしてみて、初めてそこに住む大変さとか必要とされているものがわかってくるのではないのだろうか。

ジャパンハートは現地に住むことで、一人ひとりの患者さんとじっくり向き合えている。
死亡率を下げる事よりもひとりの人間を救う手助けをする事のほうが意味のあることだと思えた。


私は将来、どんな形でも良いから人の役に立つ仕事がしたいと思っていた。
自分のために、安定した生活を送って、お金を稼いで時間を費やすのではなくて、お金はなくても、自分が動いた事で笑ってくれる人がいたらそれでいいなと思った。

ミャンマーに行って、吉岡先生やスタッフの人たちやミャンマー人を見ていて、毎日が幸せそうで、人を幸せにするのはお金じゃないと思った。
絶対にこんな環境は楽じゃないはずなのに、朝から晩まで働きっぱなしでいつも患者さんの事を一番に考えて、本当にかっこいい人たちだと思っていた。

ここでいろんな人たちと出会い、今まで漠然と思い描いていた生き方に確信を持った。
私はお金がなくても、いつも自分に素直にいきていきたい。

どんな生き方が自分にあっているのか、30になっても40になっても、いつも問い続けていきたい。