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 その1
    
大学三年 江口 友起
出会い、そして再会
この春私は一人ミャンマーに旅立った。
目的はただ一つ、ある日本人医師に会うためだ。彼の名前は吉岡秀人、四十歳。ミャンマーを拠点とし医療活動を行う医師である。
「人の役に立ちたい」という思いで医師になり、救命救急の現場で数年勤務した後、十年前からミャンマーで医療活動をしている。
昨年あるNGOから独立し新たにジャパンハートを創設。現在はミャンマーのザガインという小さな村の病院で先生・日本からの海外研修の看護婦さん二人・現地スタッフ二人で共同生活しながら医療活動を行っている。


先生との出会いは全くの偶然である。
昨年夏、旅行好きのわがまま従姉の勢いに押され、私はカンボジアのアンコールワットを泣く泣くあきらめミャンマー行きが決行。しかしタイを周遊した後ミャンマー入りを果した瞬間、あろうことか高熱と咳に見舞われる従姉。


現地の病院に行くもののろくな医療設備もなく、ろくな医者もいなく危機を感じた私たちはミャンマー専門の旅行会社に相談。そこで吉岡先生を紹介していただいたのだ。医療が不足する北部に向けてのフライトを控えた早朝、ぎりぎりセーフで駆けつけた私たち。
先生は出発前のバタバタする中、旅行中ののんきな日本人を丁寧に診察してくださった。診察料も薬代も請求することなく「何かあったら飛行機で戻ってくるから」と言い残し私たちの前から去っていった。


その後先生は全財産をなげうち、地位や名誉も安定した日本での生活も捨てミャンマーでの医療活動を全うしていることを知ったのだ。
「かっこいい、かっこよすぎる」とただただ感動する私。次第に「もう一度先生に会いたい」という気持ちが募り、帰国後早速ジャパンハートの短期見学の希望。
そんな私を先生は快く受け入れてくださり今回の先生との再会、ならびに一週間の短期見学が実現したのだ。

怒涛の一週間
怒涛の一週間は始まった。
見学中はジャパンハートの皆さんと完全に寝食を共にした。朝五時に起床、一人の看護婦さんを病院の巡回に見送りもう一人の看護婦さんと家の掃除をする。そして朝食を作り七時に朝食。八時には病院に行き患者さんの消毒、ならびに手術の準備をお手伝いした。
十時からは手術が始まる。一日数件、多いときには十数件にも及ぶ手術を先生が一人執刀し、同じメンバーが先生をサポートする。


寄付を戴いて運営している以上公正さを保つためにすべてオープンでなければならない、と言って手術室にも入れてくださった。
手術中はメスなどの滅菌やガーゼなどのカッティングを担当させていただいた。一時をまわった頃手術室を後にして私は一人食材を調達しつつ家に戻り昼食を作る。二時には皆で昼食をとり三時には病院に戻り再び手術がはじまる。
先生は手術の合間に外来の患者さんを診る事もしばしばだ。八時をまわる頃夕食を作りに帰り九時ごろ皆で夕食を囲む。片付けが済むと団欒だ。


先生は私に伝えよう伝えようと色々な話をしてくださった。
そして夜中の一時ごろ溶けるように眠りにつくのだ。一週間毎日これが繰り返される。体力的に限界だった。しかし私の心はこれまで感じたことのない充実感で満たされていた。

みんなで囲む質素な食事、そして団欒のひと時が至福のときだった。誰一人贅沢を言わないし、それを望むものもいない。
まさに必要最低限の生活がそこにはあった。その中でみんながより気持ちよくみなが過ごせるよう心掛けながらする毎朝の炊事、掃除、洗濯、病院でのお手伝い、一つ一つが、そして一瞬一瞬が勉強だった。
怒涛の一週間は間違いなくこれまでの人生で最も充実したときだった。